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2011年9月 5日 (月)

きれいに並べられた玄関

わたしは靴を脱いだあと、
逆向きにしてきれいに揃える癖があります。

癖というより習慣といえるでしょう。

この習慣は母親型のおばあちゃんに教えられました。

その頃は子供なので、
家に入ると靴は脱ぎっぱなしで飛び跳ねている状態。

テレビを見ていると、
おばあちゃんの甲高い声が聞こえてきます。

「も~う、忠士、靴を揃えなさい!いつも言っているでしょう。」

来る度に言われるのですが、
子供なので揃えることを完全に忘れてしまいます。

これを何回繰り返したか分かりません。

しかしあることがきっかけで、
自分で靴を揃えるようになりました。

ある日、

いつも言われ続け、いやになっていたのだと思います。

靴を揃えることを分かっていて直さなかった日がありました。

なんだかんだやっているうちに帰宅の時間になり、

帰り際玄関を見た時、
靴がきれいに並べてあったのです。

おばや母親に直したかと聞くと、そうじゃないと言います。

おばあちゃんが直してくれたんだ…
悪いことをしてしまったなあーと子供ながらに思いました。

それからはそのことが常に頭にあり、
おばあちゃんが揃える前に自分で揃えないといけないという
正義感みたいなものが生まれました。

大人になった今も、
玄関を振り返り、靴の状態を見ます。

感覚的に見ちゃうのが怖いですよね(笑)

毎度のことですが、
もし敬老の日におばあちゃんにプレゼントするとしたら

歩きやすい小さな靴をあげようと思います。

以上です。

2011年8月19日 (金)

愛着のある階段

小学校低学年の頃、春・夏・冬休みなると、母親の実家にひとりで遊びに行きました。

おばあちゃんの家に行って必ずやることは、
階段をドカドカ走ること。

そして走る度におばあちゃんに怒られます。

「忠士、階段、走るんじゃないよ!!!」

昔ながらの家の階段は急斜面です。

薄暗いと怖くて上がれませんし、
二段またぎなど、決してできません。

横幅が狭いわりに天井が高くて、
通り抜けるためのトンネルみたいなイメージ。

階段途中はまさにディープダンジョンでした。

自分にとってはどこの階段よりも愛着があり、
一番思い出に残っている場所なのです。

とにかくギシギシ鳴る感じが快感で、
何故だか走らないと気がすまなかったのです。

初期は手すりが付いていなかったのでさらに怖かった…

※取り壊す晩年はさすがに取り付けていました。

もし敬老の日プレゼントするとしたら、
間違いなく手すりだと思います。

若干、螺旋状になっていたので、見つけるのが大変かもしれませんが(^^)

2011年7月16日 (土)

ストーブの近く

動かないおじいちゃんですが、大きな前掛けをしているから酒屋のおじいちゃんなんですよ。

で、帰る時にまた小銭をくれました。
店の外まで出てきてくれるんです。
最後は笑ってくれます。
でも言葉で「さよなら」なんて言いません。
たまに手を振ってくれたことがあったかもしれませんが、
無言で笑ってくれるんですよね。

そんなおじいちゃんに、もし敬老の日プレゼントするとしたら・・
物欲がないおじいちゃんだったのでプレゼントするというか、
透明人間になって、タイムスリップして、
おじいちゃんの隣で一緒にテレビを見ようと思います。

何を話せばいいか分からないけど、
若い頃どんな人だったのか、昔の酒屋ってどんな商売の仕方だったとか、
おばあちゃんと何処で知り合ったのだとか、聞き出したいです。

もし何かプレゼントするとしたら、
食べ物は何が好きだったんだろう???
甘いものは嫌いだったような気がします。
とにかく粗食で、魚・ご飯・おしんこ・梅干・お味噌汁のイメージしかありません。
肉をほうばって食べていた景色がありません。

私は本当におじいちゃんに似たのでしょう。
まさに粗食派なのです。
家でもご飯を炊けばおかずは何でもかまいません。
夏になって、ところてんにはまっています。
ところてんの汁がもったいないので、
豆腐にかけてダブルで食べるのが最近の食の楽しみです。

あとは暑いときは炊き立てのご飯を食べるのが合わなくて、
ジャーごと冷ますようにしています。
次の日もご飯が美味しく食べられるのは冷ましていたからなのでしょうか?
よく分かりませんが、
おじいちゃんにプレゼントするとしたら、食品ではなく物だと思います。

タバコを吸っていましたが、ジッポは似合わないので軽いおじいさん用のライター。
ゴツイちょっと値のはる大きな湯のみ茶碗。
あと何でしょう。
座布団・・冬になるといつもストーブの近くで座っていたので、
体がポッカポッカになる座布団がいいかもしれません。

何かいろいろ考えると敬老の日プレゼントを買う側の気持ちが分かってきます。
どんな物を仕入れて、どんな風に売ればいいのか、今年は色々考えてみようと思います。

おじいちゃんの城の続きでした。

2011年7月 8日 (金)

酒屋のお店がおじいちゃんのお城

おじいちゃんはいつもお店でお客さんを待っています。

母親の実家は酒屋でしたので、おじいちゃんといえば、いつも大きな前掛け姿。

昔は自動販売機が少なかったので、
ビールやジュースが24時間買えることがすごい特典のように感じました。

うちはすごいと!!!

まず、実家の家に入る前におじいちゃんのいる仕事場(お店)に挨拶しにいきます。
おじいちゃんをたてないといけません(笑)

どんな顔で迎えてくれたのか記憶にありませんが、明治の人なので、
たぶん笑って迎えてくれなかったような気がします。
喜ぶわけでもなく「おぉ~来たのか」みたいな感じ。
内心はもちろんうれしいと思いますけど。

そして冷蔵庫に入っているジュースを1本持っていくのが恒例でした。
たしか三ツ矢サイダーとかファンタオレンジとか、炭酸系を好んでいたと思います。

何故か、1本しか持っていっちゃいけなかったんですよ。
飲んだらその都度取りに来いと。

冬はガスストーブがあって、においの感覚が今でも残っています。
あと、ごついそろばんがありました。
それと、机みたいな引き出しがあって、小銭が分けて入れてありました。

触ってしょっちゅう怒られましたが、
おじいちゃんの機嫌がいい時は、駄菓子屋に行くのに10円玉をごっそりくれた記憶があります。

それとお茶葉が売っていました。
昔は酒屋といえば丸山園さんでしたが、
何でうちのお茶葉を置いてくれなかったんだろうと今でも不思議に思います。
商売熱心なおじいちゃんではなかったので、あまり深く考えなかったのだろうと推測されます。

とにかくおじいちゃんはほとんど動きません。

奥で座ってタバコを吸っているか、テレビを見ているか
(内容は見ていないような感じでした。眺めていたのかもしれません。)

雑誌はなく新聞はありました。
お酒の配達は息子(おじちゃん)がしていたので、1日中何をしていたのでしょうか?

でもこの酒屋がおじいちゃんの城だったんですよね。

続く

2011年6月29日 (水)

物干し場はおばあちゃんの聖地

おばあちゃんには
かすれ気味の甲高い声で
いつも叱られていました。

気性が荒いおばあちゃんではありません。
普段は穏やかですし、
明治の人ですので、要するに曲がったことが嫌いなんです。

ある日、おばあちゃんがいないなあ~と探していると
たぶん洗濯だと思い、
2階に上がると、やっぱりいました。

僕はおばあちゃんの洗濯物を干している姿が一番好き。
表情がいつも晴れやかだったのが印象的で、
何も言わず、もくもくと洗濯物を干します。

物干し場がある部屋は畳の部屋で何もなく殺風景です。
2階から上がってきてすぐに見えるその風景は、
心地よい日差しを浴びたおばあちゃんの洗濯している姿でした。

その風景がいつも神秘的だったんです。
それと何故だか、
洗濯しているときにだけ、叱られた記憶がないんです。

「忠士、手伝ってくれるのかい、ありがとうね。」って
本当いつも晴れやかで穏やかな表情していました。

物干し場はおばあちゃんの聖地だったのかもしれません。

自宅兼仕事場、
酒屋という商売柄、常に人との関わり合いがあります。

ひとりで何か考え事をする唯一の場所だったのかもしれません。

おじいちゃんもほとんどしゃべらない人だったので、
分かりませんが、明治の人にしか分からない生活観・気持ちなのでしょう。

人は時代に流されます。

でもこういった明治時代の生き方もいいのではないでしょうか。

頑固一徹

子供の頃、おばあちゃんに感謝の気持ちを伝えたことはないけど、
今だったらその気持ちが分かるような気がします。

僕も似ているから。

もしそんなおばあちゃんために敬老の日プレゼントするとしたら、
新しい物干し竿だと思います(笑)

これからもお年寄りに感謝できる敬老の日を大切にしていきます。